戸令18 造計帳条

現代語訳「養老令」全三十編:第八編 戸令 全45条

○18 造計帳条(計帳を造るの条)


《原文》
凡造計帳。毎年六月卅日以前。京国官司。責所部手実。具注家口年紀。若全戸不在郷者。即依旧籍転写。并顕不在所由。収訖。依式造帳。連暑。八月卅日以前。申送太政官。


《意訳》
計帳を作るにあたって、毎年6月30日までに、在京諸司は、それぞれが管轄するところの手実〔しゅじつ/しゅじち〕(=戸主に書かせたその戸の構成員申告書、および、それをまとめたもの)を要請すること。家口〔けく〕(=その家の個人)・年齢をつぶさに記録すること。郷に不在の戸については、旧い籍より転写すること。併せて不在の理由を顕わすこと。手実を収受し終わったならば、式に依って帳を作り、連署して、8月30日までに太政官へ到着するよう申し送ること。


本
この条は、計帳の作成に関わる手続きを定めたものです。

タイムリーというか、いまちょうど国勢調査が行われていますね。我が家も昨日記入しました(^_^) 家族それぞれの姓名、続柄、生年月日、職業など....。

「手実」とは、ちょうどこれと同じようなもので、戸主にその家に住む個人名・続柄・年齢などを書かせて提出させるものです。里長坊長が集めて回ります。
なお、日本の律令制においては、各戸が提出したその書類を指しても手実といい、また、それらを一定単位でつなぎ合わせたものも手実といい、さらにそれを清書した「歴名〔れきみょう〕」のことも手実といっていることがあります。

現代の国勢調査は5年に一度ですが、律令制では毎年行われることになっていました。
他国へ家族ぐるみで赴任していて戸が不在の場合や、頻繁に駆使されて留守が多い場合、あるいは、浮浪逃避中だけれども、戸逃走条に定められた三周六年法により、まだ戸籍・計帳から除帳・除籍されてない人や家族については、前年の記録を転写し、不在理由を記入します。

手実によって、各戸の課口数や課口が負担する課役の額が把握され、各行政単位ごとの課役徴収に関わる事柄が把握されます。そうした集計を記した文書を「計帳」といいます。(少し時代が下っての延喜式でいう計帳は歴名も含むようです。)

国単位の計帳を「国帳」(時代によって「大帳」とか「大帳目録」など)といいます。
単に「帳」と表現しているときは概ねこの国帳のことのようですが、ニュアンス的には「中央へ送る必要のある計帳」ということかもしれません。

律令は法律の大枠を定めたもので、その法律の施行にあたっての細則は「格〔きゃく〕」や「式」で定められます。「延喜式」というのは、延喜年間に作られた「式」のことですね。計帳の書式は「式」に則って作成されます。

手実や計帳のことを「名帳〔みょうちょう〕」といいます。現代でいうところの「名簿」「リスト」「一覧」に当たりますかね。
計帳や戸籍のことを「帳籍〔ちょうじゃく〕」といいます。
名帳や戸籍のことを「名籍〔みょうじゃく〕」、各種の帳簿まで含めては「簿帳〔ふちょう〕」といいます。

当時、名籍を扱うメインの役所は民部省中務〔なかつかさ〕省でしたが、一方で、神官の名籍は神祇官、僧尼の名籍は中務省、京の戸口や僧尼の名籍は京職、等々と管轄がごちゃごちゃ....いや、いろいろと細かく手分けされていました。

というわけで、それぞれの在京諸司が、6月30日までに、自分の管轄するところへ「手実を提出させよ」と伝え、8月30日必着で帳を集め終えてから、民部省へ渡します。
遠い国から都まで、いついつまでに運ぶのは大変だったでしょうね。この使者を「大帳使」とか「計帳使」といいます。大伴家持なども大帳使を務めたようですよ。

その後の処理は賦役令の計帳条に定められています。民部省は1ヶ月ほどで書類を配下の役所に回したりの処理をして、9月上旬までに最上位の役所である太政官へ報告を上げるんですね。忙しそうです。



posted 2010-09-29 12:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:08:養老:戸令 現代語訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。