戸令10 戸逃走条

現代語訳「養老令」全三十編:第八編 戸令 全45条

○10 戸逃走条(戸が逃走したときの条)


《原文》
凡戸逃走者。令五保追訪。三周不獲除帳。其地還公。未還之間。五保及三等以上親。均分佃食。租調代輸。{三等以上親。謂。同里居住者。}戸内口逃者。同戸代輸。六年不獲亦除帳。地準上法。


《意訳》
戸が一家逃走した場合は、五保(5家で構成する「保〔ほ/ほう〕」)に追訪させること。3周年以内に捕らえられなければ、逃走した家の者の名を計帳から除くこと。その田地は公〔おおやけ〕に収還すること。収還までの間は、五保及び三等以内の親類が、均分して耕作・収穫し、租と調を代行して運び納めること。{三等以内の親類については、同じ里に居住する者をいう。}戸内の課口が逃げたならば、同じ戸の者が代行して運び納めること。6年以内に捕らえられなければ、これもまた逃走した者の名を計帳から除くこと。その田地については、上記の法に準ずること。


本
この条は、逃走した一家または人があった際の処遇と、隣保・親類の代行義務について定めたものです。
ここでいう五保とは、保が5つという意味でなく、5件のお宅で構成する保といった表現です。

計帳とは、平たくいうと納税者リスト。その計帳から名前を消すことを除帳といいます。
この条文に規定されている除帳は、当時の令の注釈書に「三周六年の法」といった表現で見かけることもあります。
この条文の運用の仕方は時代によって変わったようですが、原則的には、一家揃っての逃走なら3年、個人の逃走なら6年過ぎるとリストから名前を外され、土地は取り上げられます。そうなると仮に見つけられた後も、新たに田地を班給されることはなく、一方で課役は以前と同様に負担しなくてはなりません。

また、逃走者が出た場合、男女を問わず家族が、逃走者の負担を引き受けなくてはなりませんでした。
一家でいなくなっている場合には、親類やご近所が引き受けさせられます。
なお、三等親の範囲については、儀制令〔ぎせいりょう〕の五等条に規定されています。

ところで、令集解〔りょうのしゅうげ〕に、穴記でのこんなやりとりが載っていました。
(句点「。」や改行は、わたしが勝手に加えたものです。)

問。五保及三等以上親。均分佃食者。未知。稱五保者只戸主数。
  又三等以上有百人者。無差別為百四分。四戸各各一分。親百人各一分哉。
答。稱五保只戸主耳。又為百四分各與一分耳。

「しつもーん。『五保及び三等以内の親類が均分して耕作・収穫』ってところがわかんないんスけど、五保ってのは戸主の人数だけ数えればいいんスかねぇ? それと、三等以内の親類が100人いるとした場合、戸主と併せて104人と数えて、無差別に同量になるよう104等分してから、それぞれに1分ずつもたせればいい、ってことッスか?」「おう。そんなようなもんじゃ」といったやりとりですね。(かなり意訳。)

はじめ読んだときは、親類100人って(^^; と吹き出してしまったのですが、考えてみれば、当時と現代では家族や子どもの人数が違いましたね。死亡率も違いますけど。仮に夫婦の間に子どもが5人いたとして、夫婦自身の兄弟も5人いたとして、それぞれの子どもたちにも配偶者がいて、その親類もいて....。けっこう同じ里に住む親類100人はあり得る数字だったのでしょうかねー。

ちなみにわたしの「三等以上親」は現在5人です。そのうち同里居住者は1人だなぁ。

令の注釈書は、概ね上記のようなやりとりも多いです。現場の担当者のためのお役立ち情報って感じかな。

   ***

令集解は、書籍としては国史大系で入手できますが、ネットでも、2010年9月現在、明治大学古代学研究所『令集解』データベースとして、石川介〔いしかわ かい〕校訂本の画像データと一太郎データが公開されています。一太郎データは Mac ユーザのわたしには閲覧できませんが(残念!)、画像データだけでもうれしいですよね。ありがとうございます♪




posted 2010-09-20 19:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:08:養老:戸令 現代語訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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