儀制令25 五等条

現代語訳「養老令」全三十編:第十八編 儀制令 全26条

戸令の途中ですが、用語に関わる便宜上、儀制令の五等条を先に取り上げます。

○25 五等条(五等の条)


《原文》
凡五等親者。父母。養父母。夫。子。為一等。祖父母。嫡母。継母。伯叔父姑。兄弟。姉妹。夫之父母。妻。妾。姪。孫。子婦。為二等。曽祖父母。伯叔婦。夫姪。従父兄弟姉妹。異父兄弟姉妹。夫之祖父母。夫之伯叔姑。姪婦。継父同居。夫前妻妾子。為三等。高祖父母。従祖々父姑。従祖伯叔父姑。夫兄弟姉妹。兄弟妻妾。再従兄弟姉妹。外祖父母。舅姨。兄弟孫。従父兄弟子。外甥。曽孫。々婦。妻妾前夫子。為四等。妻妾父母。姑子。舅子。姨子。玄孫。外孫。女聟。為五等。


《意訳》
五等親は、父母、養父母、夫、子(養子含む)を一等とする。
父方の祖父母、嫡母〔ちゃくも〕(妾の子から見た、父の正妻)、継母〔けいも〕(嫡子から見た、父の次妻以下の正妻)、伯叔父姑〔こ〕(父方のおじ・おば)、兄弟、姉妹、夫の父母、妻、妾、姪(兄弟の子である甥・姪)、孫(内孫)、子の婦〔め/ぶ〕(妻)を二等とする。
父方の曾祖父母、伯叔の婦(父方のおじの妻)、夫の姪〔てつ/てち〕(夫の兄弟の子である甥・姪)、従父兄弟姉妹(父方のおじ方のいとこ)、異父兄弟姉妹、夫の祖父母、夫の伯叔姑(夫の父方のおじ・おば)、姪の婦(兄弟の子である甥の妻)、同居している継父、夫の前の妻妾の子を三等とする。
父方の高祖父母(父方の曾祖父の両親)、従祖祖父姑(父方の祖父の兄弟姉妹であるおおおじ・おおおば)、従祖伯叔父姑(父方のおおおじの子=父の父方のいとこ)、夫の兄弟姉妹、兄弟の妻妾、再従兄弟姉妹(父の父方のいとこ男性の子=またいとこ)、外祖父母(母方の祖父母)、舅姨〔きゅうい〕(母方のおじ・おば)、兄弟の孫、従夫兄弟の子(父方のいとこ男性の子)、外甥〔げしょう〕(姉妹の子)、曾孫(息子方の男孫の子)、孫の婦(息子方の男孫の妻)、妻妾の前の夫の子を四等とする。
妻妾の父母、姑の子(父方のおばの子=おば方のいとこ)、舅の子(母方のおじの子)、姨の子(母方のおばの子)、玄孫(息子方の男孫の男子の子)、外孫(娘の子)、娘聟〔むすめむこ〕を五等とする。


本
この条は、五親等の親族の範囲分けを定めたものです。

親サイトの儀制令「五等条」の項に、これを図表化した画像を置いてますので、併せてご参照ください。

親族の呼称で現代と大きく異なるのは、「舅・姑」「甥・姪」の語です。父方か母方かで呼称が分かれます。
父方のおばを「姑〔こ〕」、母方のおじ・おばを「舅〔きゅう〕・姨〔い〕」と呼び、兄弟の子を「姪〔てつ/てち〕」、姉妹の子を「外甥〔げしょう〕」と呼びます。
詳しくないのですが、おそらく単に「姪」「外甥」という場合、男性を指すと思われます。ただし親等の数え方は女性の「姪」「外甥」の場合も男性に準じるようです。女性である「子」や「孫」の場合も同様です。

特に注目すべき点は、「姪」の親等の近さです。
・「姪」の親等は「兄弟」の親等と同じ。
・「姪」の妻は「兄弟」の妻妾より親等が近い。
・本人が女性である場合、「夫の前の妻妾の子」と「夫の姪」の親等は同じ。
・「夫の兄弟」より「夫のおじ・おば」の方が近い。これも、逆の立場から見た同様の有り様を示しているのでしょう。
一方で、母方の「舅姨」は遠いですね。

他に気付くのは、以下のとおりです。
・妻から見た「夫」は一親等ですが、夫から見た「妻妾」は二親等である点。
・「孫」は二親等ですが、その子である「曾孫」は四親等である点。
・「継父」は同居してなければ親族の範囲に含まれず、同居していても三親等と遠い点。逆の立場から見た「妻妾の前夫の子」は四親等とさらに離れる点。
・「妻妾の両親」は五親等と遠い点。
・「異父兄弟」は三親等ですが、「異母兄弟」は親族の範囲に含まれない点。
・「姉妹の夫」は親族の範囲に含まれない点。

当時の立法技術の拙さもあるかもしれませんが、現代と異なる親族関係が垣間見える気もしますね。

なお、「嫡母」「継母」はどちらも「まま母」で、実母ではありません。



posted 2010-10-14 08:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:18:養老:儀制令 現代語訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戸令22 戸籍条

現代語訳「養老令」全三十編:第八編 戸令 全45条

○22 戸籍条(戸籍の条)


《原文》
凡戸籍。恒留五比。其遠年者。依次除。{近江大津宮庚午年籍。不除。}


《意訳》
戸籍は、常に5回分(=30年分)を保管すること。遠年のものは次のものを作成し次第、廃棄すること。{近江の大津の宮の庚午の年の籍は廃棄しない}。


本
この条は、戸籍の保管期間を定めたものです。

近江の大津の宮の庚午の年の籍というのは、天智天皇の頃に作られた庚午年籍〔こうごねんじゃく〕のことです。現代の日本では紀年法として、年号(元号)もしくは西暦を用いますが、古代日本には十干十二支の干支を用いる方法もありました。いまでも占いの世界等では使われているんでしょうかね?

庚午年籍が特別に永久保存とされた理由については、庚午年籍は律令制下の戸籍とは異なり、それ以前の氏姓制度・部民制〔べみんせい〕といった、

族制的要素を強く含んでいたので、氏姓をはじめ身分の帰属等について参考となるところが多かったからであろう。(例、和銅六年五月紀・延暦元年十二月紀)。

と、日本思想体系「律令」の補注にあります。

廃棄された戸籍は反古紙として裏面を写経等に再利用されたために、いわゆる紙背文書として残り、今日、それらの戸籍を確認することができるんですね。
posted 2010-10-08 19:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:08:養老:戸令 現代語訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戸令21 籍送条

現代語訳「養老令」全三十編:第八編 戸令 全45条

○21 籍送条(籍を送るの条)


《原文》
凡籍。応送太政官者。附当国調使送。若調不入京。専使送之。


《意訳》
戸籍を太政官へ送るにあたっては、その国の調使に持たせて送ること。もし調を京に入れない場合は、専用の使者を立てて送ること。


本
この条は、戸籍を都の太政官へ運ぶ使者について定めたものです。

国司から都へ、使者を立てて送る大事な提出文書は、年に4種類ありました。朝集使〔ちょうしゅうし〕の運ぶ「朝集帳」、正税使〔しょうぜいし〕(正税帳使)の運ぶ「正税帳」、貢調使〔こうちょうし〕(調使)の運ぶ「庸帳・調帳」、大帳使(大計帳使)の運ぶ「国帳」です。これらの使者を総称して「四度使〔よどのつかい/しどのつかい/しどし〕」といい、運ぶ書類を「四度公文〔よどのくうもん/しどのくうもん〕」、またそれに付属する関連帳簿を「枝文〔えだぶみ〕」といいます。

朝集帳というのは、一緒に送られるさまざまな公文書の総称で、たとえば、国・郡の官人の「考文〔こうもん〕(=勤務評定)」や、「計会帳(=年間に授受した公文書の目録帳簿。これによって、命令がきちんと履行されたかをチェックされる)」、兵士の名簿や僧尼の死亡帳といった内容です。これを運ぶ朝集使が、四度使のうち最重要の使者でした。

正税帳は、国・郡の主要財源である「正税」の収支報告書です。正税(律令初期は「大税〔たいぜい〕」)とは、郡の正倉〔しょうそう〕に納められて国司が管理した稲穀のことで、国に納められる「田租」と併せて「租税」といいます。

国帳は、戸令造計帳条に定められた予算把握のための統計報告書。

律令制下の戸籍とは、人民の血縁関係を証明し班田収受の台帳とするものです。

庸帳・調帳は、庸調の目録です。賦役令調庸物条の規定により、庸調は、それを徴収される家の人が「運脚〔うんきゃく〕」という人夫として駆り出されて運び、庸帳・調帳を運ぶ調使(貢調使)もそれに付いて都まで送ります。

この籍送条は、その調使に戸籍も運ばせなさい、と命じています。このように、別の目的で発遣される使者を活用するのを、便宜的な(=都合がいい、間に合わせの)使者という意味で「便使〔たよりづかい〕」と呼びます。調使が便使として使われるんですね。

水害や干ばつ等の災害時、あるいは辺境の国では、課役が恩免されることがあります。そうした、調を都へ送らない年に当たった場合は、戸籍を運ぶためだけの特別な使者が立てられます。このような特定の使命のためだけに発遣される専用の使者を「専使〔たくめづかい〕」と呼びます。

posted 2010-10-06 08:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:08:養老:戸令 現代語訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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