戸令16 没落外蕃条

現代語訳「養老令」全三十編:第八編 戸令 全45条

○16 没落外蕃条(外蕃に没落しての条)


《原文》
凡没落外蕃得還。及化外人帰化者。所在国郡。給衣粮。具状発飛駅申奏。化外人。於寛国附貫安置。没落人依旧貫。無旧貫。任於近親附貫。並給粮逓送。使達前所。


《意訳》
海外行方不明者が帰還したとき、及び、外国人が帰化するとき、所在の国郡は衣食を給付すること。飛駅〔ひやく〕(至急の使者)を発して状況の仔細を天皇にお知らせ申し上げること。外国人の場合は、田地の足る豊かな国の戸籍に附けて住まわせること。行方不明者の場合は、もとの戸籍に附けること。もとの戸籍がなければ、任意の近親の戸籍に附けること。いずれも、食料を給付しながら逓送〔ていそう〕し、目的地に達するようにすること。


本
この条は、海外で行方不明となっていた人が帰還したとき、及び、外国人帰化の際の手続きを定めたものです。

行方不明になることを「没落〔もつらく〕」といいます。
「没〔もつ〕」とは、さらわれること、
「落」とは、嵐で遭難することです。船から落ちるってことですかね。

「化外〔けがい〕」の人とは、外国人のこと。帰化すると自国民=「化内」人になります。

現代と同様、そうした人が帰還したり訪れたりすると、本日のトップニュース。大騒ぎだったようです。天皇にまでお知らせが行く。化外人は大陸の文化を運んできますから、現代でいうと宇宙からの....

「飛駅〔ひやく〕」とは、後世でいうところの飛脚や早馬のことで、至急緊急の重大事に発せられる使者(飛駅使)のことです。使者に立つときは身分証明の「駅鈴〔やくれい〕」を持たされます。飛駅使が利用する中継地点が「駅〔やく〕」です。馬を乗り換えるんですね。飛駅使自身を「駅」ということもあります。駅制に関しては、廐牧令〔きゅうもくりょう〕須置駅条以降にいろいろと規定されています。
また、国守が署名して飛駅使に持たせる公文書の書式は、公式令〔くしきりょう〕飛駅上式条ですね。

逓送とは、リレー式に順送りすることです。



posted 2010-09-26 18:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:08:養老:戸令 現代語訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あらー? 重複投稿。削除しました。

あららー? 重複投稿されてる。

昨夜、記事の登録ボタン押したとき、Seesaaさんのサーバを呼び出しに行ったきりフリーズしたようになったから(「記事を登録しています」画面に遷移しなかった)、いったん「停止」して、記事登録をやり直したんですよね。
そのときは1つしか投稿されてないのを確認したんだけど....知らぬところで先の命令はまだ生きてて、演劇一所懸命サーバ呼び出して、登録してくれたんやね、きっと。

重複ぶん(前の方)を削除しました。

タグ:投稿失敗
posted 2010-09-26 10:51 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戸令15 居狭条

現代語訳「養老令」全三十編:第八編 戸令 全45条

○15 居狭条(狭に居ての条)


《原文》
凡戸居狭郷。有楽遷就寛。不出国境者。於本郡申牒。当国処分。若出国堺。申官待報。於閑月。国郡領送。付領訖。各申官。


《意訳》
班給されるべき田地の足りない地域に居る戸が、豊かな地域への移住を希望する場合、もし国境を越えないのならば、もとの郡に申牒〔しんちょう/しんぢょう〕(=上申)し、その国で処分すること。もし国境を越えるのならば、太政官に上申して(受理の)報せを待ち、農閑期に国郡が護送すること。定住し終えたならば、(送った国と受けた国が)それぞれ太政官に申告すること。


本
この条は、土地の痩せた地域から豊かな地域への移住手続きを定めたものです。

律令制下では、人々は戸籍をもとに田地を班給されました。班田収受ですね。しかし、開発が進んでいない地域では、班給すべき十分な田地が足りないことがあり、そのような場合は特例的に、移住が許されていました。田地が足りない地域を狭郷、豊かな地域を寛郷といいます。

同じ国内での移動は、その国内で手続きが完了しますが、別の国へ移住する場合は、当時の政府における最上位の役所である太政官〔だいじょうかん〕にも上申する必要がありました。
移住する家族が途中で行方不明(^^;にならないよう、お役人が見張り....いや、送り届け、その旨も太政官へ報告します。「無事送り届けました」と「確かに引き取りました」。

申牒〔しんちょう/しんぢょう〕とは、文書で申告を行うことをいいます。
日本の紙づくりは、7世紀の初め(聖徳太子の晩年)頃には良質な和紙を作れるようになっていたそうです。この条文のお引っ越し手続きの例にも見られるように、律令制度というのは公文書をたくさん作りますから、官営製紙工房も置かれ、この時期に紙の生産が大きく拡がりました。

ちなみに、木製の木簡、竹製の竹簡のうち、竹簡は加工に手がかかるため、木材の豊富な日本では木簡が主だったそうです。長屋王は7世紀後半から8世紀初め頃の人で、その邸宅跡からたくさんの木簡が見つかりましたね。荷札の類、その他、公文書の下書きとか、そういうのには依然として木簡が使われていたみたいですね。

公文書の書式等は、公式令〔くしきりょう〕に定められています。この条文の場合は公式令の牒式条にある書式ですかね。

posted 2010-09-26 00:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | カテゴリ:08:養老:戸令 現代語訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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